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もともとコーヒーという飲み物が、こんなにも楽しく・美味しいの飲み物だとは露知らず。

缶コーヒーを買う時も決まって、微糖。紙パックのカフェオレも好きでした(今も好きです)。


そんな中、職場で職場で全自動のコーヒーマシンが導入された頃、お茶も飲み飽きたけれど、他に何もなくて。飲んでみるかとなりました。


決して、美味しい!と度肝を抜かれたわけでなく、ブラックコーヒーでも飲めるじゃんという感覚。それから、職場ではもっぱらコーヒー派となったわけです。


ゲストハウスするなら、ウェルカムドリンク出したいよね。近所の人たちにもふるまえるものがいいな~。出すなら、何が良いだろうと考えた時に、コーヒーが浮かびました。

そういえばというのも大変失礼な話ですが、10年来の友人にカフェを経営しているコーヒーのスペシャリストもいる。しかも、コロナ禍で「サブスクコーヒー塾」なるものをスタートさせていて、初心者でもお家で美味しいコーヒーが淹れらるとな!

即「ポチ」でした。


自分でできるようになる喜びというのは、大人になるとなかなか味わえないもので、それができたことが嬉しかったですし、さらに、それを提供して喜んで頂けるというのはもう喜びやら感謝やら、色んな気持ちが入り混じります。


コロンビアからスタートした豆も、グアテマラ、東ティモール、パナマ、ブラジル、ブルンジなど、行ったこともない国に思いをはせることができて、すごく楽しいんです。

これから、エチオピア、ウガンダ、イエメンなんかも出していく予定です。


一緒に、世界を旅するカフェを楽しみましょう。

学生の時に書いた自分のなりたい職業は「電気屋さん」。

というのも、父や祖父がその仕事をしていて、伊藤電設という名前の会社もあって、従業員の人もいた記憶がある。

詳しいことは知らないが、その会社は子どもが知る間もなく倒産してしまい、家にはその場所やデスクなどだけが残った。

それからクリーニング店、古本屋、貸事務所、一度だけ唐揚げ屋になる話も。

今まで我が家のことしか考えていなかったけれど、坪井や仁王さん通りに住む人たちからすれば、どれが一番良かったんだろう。やっぱり唐揚げ屋かな。

もしすると地域住民はがっかりしたかもしれないが、その場所は、わたくしが切り盛りする、喫茶、宿、レンタルスペースなどの機能を持ち合わせた場所に生まれ変わりました。

名前を、llOlll(ニオーサン)と言います。

父らが電気という手段をもって社会インフラを支えてきたように、自分はこの場所を、文化や交流のヨリドコロとして、社会貢献していきたいと思います。

このプロジェクトをスタートから支えて頂いた、末次デザイン研究所の末次さん、リノベーテッドショップFUJITAの藤田さん、デザイナーの木村さん、ありがとうございました。そして、これからもどうぞよろしくお願い致します。

そして、理解してくれた家族、職場の方々、この場をヨリドコロたらしめる、お客様、尊敬するスキルを持つ友人たちにも感謝したいです。